三十路を過ぎた小林ひとみ

前回は、AVアイドル・小林ひとみと、当時のAV業界の話を中心に語らせてもらったが、今回は、1990年代後半、三十路を過ぎた小林ひとみについて語っていきたい。
熟した小林ひとみの魅力が存分に発揮されているのが、今回紹介する「背徳の絆」(KUKI 1998年)だ。本作のなかで、小林ひとみは人妻で母親という役を演じている。
大まかなストーリーを紹介すると、小林ひとみはある実業家の男性と結婚。夫の連れ子である大学生の息子と大きな屋敷で3人で暮らしている。小林ひとみ演じる母親に義息子は馴染めず母子関係はぎくしゃくしていた。
また、夫は出張が多く、小林ひとみと義息子はふたりだけで過ごす日もめずらしくない。そんなある日、小林ひとみと夫とのセックスを義息子が覗き見。
後日、夫が不在のときに、小林は性欲を抑えられなくなった義息子に襲われ犯されてしまう。
AVではよくある近親相姦モノで、王道のストーリーといってもいいが、かつて小林ひとみに魅了された世代である私は、本作をみたことでいろいろな発見があった。
まずは、小林ひとみの美乳と引き締まったウエストが三十路を過ぎても健在だったことだ。
身体に汗を滴らせながら、騎乗位で腰をふる様子のエロさもさることながら、苦悶とも快感ともいえない悩ましいアエギ顔も当時と同じで、安心すると同時に興奮を誘われる。
その一方で、義母役に違和感がない。ちなみに「背徳の絆」のリリースされた1998年、小林ひとみは35歳。年齢を重ねたことと、全盛期から評価されていた演技力が原因だろう。
1980年代、彼女がAVアイドルと呼ばれていた頃、幾多のAVアイドルが若さと勢いで当時を駆け抜けたこととは対照的に、演技派で知られていたが彼女だったが、円熟さを増してさらに演技に磨きがかかったようにも見える。
近親相姦モノからAVのカラミを考える

次に、「背徳の絆」のストーリーの骨格を成している、義母と義息子の近親相姦に関連させつつ、アダルトビデオにおける男女の交わりについて語ってみたい。
小林ひとみがAVアイドルだった当時のアダルトビデオは、AV女優のアイドル化が進んでいた時代でもあった。AVアイドルは、当然自分から積極的に男性を挑発することなどしない。
なぜなら、アダルトビデオに出演しているとはいえ、AVアイドルはどこまでいっても清楚でいて欲しいと、当時のファンは思っていたからだ。
他方、ファンたちにそんな思いを抱かせるのが、当時、ひとり勝ちだった宇宙企画の戦略でもあった。
たとえば、およそ清楚とは無関係なヤリマンのヤンキー娘であっても、宇宙企画のフィルターを通せば、清楚で初心な娘さんになってしまう。
宇宙企画はそうして多くのAVアイドルを輩出させてきた。
私はそれが悪いことだとは思わない。当時のアダルトビデオのファンのメイン層は若い男性で、若い男性は女性に対して幻想を抱く存在だからだ。
その反動からか、いまのAVアイドルはイメージを売るのではなく、等身大の姿をファンに見せることがよしとされているようだが、
それはさておき、
初心で清楚なAVアイドルと奥手の青年との交わりが、当時のアダルトビデオのストーリーの雛形のひとつだった。
ファンは、奥手の青年に自身を重ね合わせてビデオを見ていた。
清楚なAVアイドルは当然受身で、奥手の青少年も当たり前のように受身だ。
しかし映像では、放課後ふたりでいっしょに帰るとき、部屋でふたりきりのとき、セックスへと展開するのが必然であるかのような描きかたがなされている。
アダルトビデオなのだから、セックスシーンがあるのは当たり前といえばそれまでだが、
受身どうしの男女がセックスまで発展する場面に、リアル感を持たせるのは至難のワザといえなくもない。
それが成功したのも、宇宙企画の優れた演出のひとつだろうと思う。
もしも男がオラオラ系で乱暴なキャラクターなら、セックスヘの流れは不自然でないかもしれない。しかし、それだと見る者は感情移入できない。
義母役に違和感がない小林ひとみ


小林ひとみに話を戻すが、
彼女は、宇宙企画がつくりあげた典型的なAVアイドルではなかった。
じつはそのことが、アイドルイメージからスムースに脱することができ、三十路を過ぎて幅広い役柄を演じるのが可能だった理由のひとつではないだろうか。
「背徳の絆」で小林ひとみは、義息子に犯されながら、途中から自身の魅力で義息子を支配し、母親と呼ばせ、反抗的で言うことをきかなかった義息子を最後には手懐けている。
AVアイドル時代の小林ひとみには無かった顔だ。
夫と交わったすぐ後で、覗き見していた義息子をセックスに誘う。夫は、妻の小林ひとみが息子とセックスしていることは知らない。
それだけならば、ただ単に淫乱な義母だという話だが、小林ひとみ演じる義母の目的は、家族3人がいっしょに食卓を囲み、かたちだけでも仲の良い団欒を実現すること。
夫だけでなく義息子とセックスした翌朝、何食わぬ顔で家族と食事をする小林ひとみに狂気を感じてしまうのは私だけではないだろう。
すでに家庭は崩壊しているのに、表面上は仲の良い家族が演じられている。
おそらく小林ひとみは、今後もずっと、夫とセックスを繰り返す一方で、義息子とも交わり、そして良き妻、良い母親として毎日を過ごす。
後ろめたさはなく、もっと良い家族になることすらできると思っている。
描かれている小林の幸せは何かの拍子にすべて崩壊しかねない、危険なバランスのうえに成り立っているとしか思えないが、彼女はそんなことをまったく意識していない。
はたして、ガチガチに演出された1980年代のAVアイドルに、ここまで深い役柄が演じられただろうか。
その意味でも、小林ひとみは稀有な存在といえるだろう。
男優の存在感と小林ひとみの狂気


ところで、「背徳の絆」で、小林ひとみの夫を演じているのは1980年代から活躍していたAV男優の日比野達郎。当時、小林ひとみに夢中だった昭和のアダルトビデオファンには嬉しいキャスティングだろう。
1980年代、名前が流通しているAV男優は数えるほどしかいなかった。日比野達郎はそのなかのひとりだ。
「ビデオ・ザ・ワールド」(白夜書房)のインタビューで本人が語っているが、自販機本の編集に携わり、その撮影で男優役をやったことが、エロ業界に入るきっかけだったという。
その後、カメラマンのアシスタントを経てビニ本の男優や裏ビデオの男優もやるようになる。また、田口ゆかり主演の有名な裏ビデオ「ザ・キモノ」にも出演している。
ちなみに、当時のAV男優はいまとは違い、役者出身者、つまりエロ以外の映画やドラマ、舞台等で演技の経験がある者が少なくなかった。つまり演技の基本ができている。
しかし日比野達郎は役者の経験はない。
「ザ・キモノ」は突然知らない相手から電話がかかってきて出演を依頼されたという。
それだけ業界内に名前がしられていたわけだが、ではなぜ、演技力のあるAV男優と肩を並べるくらいの存在感だったのか。
その答えは、アダルトビデオの内容の変化によるところが大きい。
当時、イメージ重視で本番無しの宇宙企画がひとり勝ちだったところに、本番至上主義の村西軍団が勢力をのばしていた。
美少女路線に飽きていたファンも多く、黒木香の登場によって、形勢が逆転してしまう。
つまり、女優が本番を求められるということはもちろん、男優も本番行為を求められるということだ。しかし役者出身のAV男優たちは本番行為に抵抗を持っている者も少なくなく、現場でボッキしないこともあったという。
演技ができることよりも、すぐにボッキするとか、本番行為に抵抗感が無いということがAV男優に求められる条件となった。裏ビデオならなおさらだ。
現在のAV男優に求められる条件がこのとき確立されたともいえるだろう。
してみると、役者出身でない日比野達郎は、最初の〝AV男優〟という言い方ができるかもしれない。
「背徳の絆」の話に戻るが、本番行為を期待されていたAV男優・日比野達郎と、「本番しない」と公言していた小林ひとみが時を経て夫婦役で出演。
かなりマニアックな見方かもしれないが、こんなにドラマティックなキャスティングがあるだろうか。
1980年代当時を知るファンは、感慨深い気持ちで楽しめるに違いない。